あの子が衣装に着替えたら

ライブハウスとサッカースタジアムに溺れる人による、アイドルとその周辺の音楽のこと。

こぶしファクトリーのライブに行って来た。

人生初の「整理番号1番」を引き当てたのは、2016年2月に札幌ステラプレイスHMVで行われた、ハロー!プロジェクトのアイドルグループ・こぶしファクトリートークショー&握手会だった。その日はハロー!プロジェクトの合同コンサートツアー(通称ハロコン)の札幌公演の日で、他のグループ目当ての方も含め多くのファンが詰めかけていた。

広くもないCDショップの店内に作られた簡素なステージ。最前列から見た光景は、目と鼻の先に8人の女子中高生の太ももがあるという異様な光景で、何故だか悪いことをした気分になったのを覚えている。イベント前に配られたアンケート用紙には「帯広のライブハウスに来てください!2013年10月には℃-uteと(当時)スマイレージが来てくれました。北海道は広いです!」という私利私欲しかない売り込みを書き、スタッフに手渡した。

書いてみるものだった。2年後、こぶしファクトリーは本当にツアーで帯広のライブハウスに来てくれることになった。軽い気持ちで書いたものが、まさか実現するとは思っていなかった。そして、実現するその時には、その日一番可愛いなと感じた子が辞めているとも、それどころか合わせて3人辞めて8人から5人になっているとも思わなかった。

 

こぶしファクトリーは2017年下半期の僅か半年間で、メンバーが立て続けに3人辞めていた。

最後にこぶしファクトリーを見たのは、一人のメンバーの卒業が円満に決まり「7人になる前に」と思ってチケットを買った昨夏のハロコンだった。けれど、チケットを買ってから公演当日までの間に卒業予定だったメンバーは契約解除となった。更に当日は一人が休養に入っていたタイミングだったので、6人でのパフォーマンスだった。その時に観たはずの「6人のこぶしファクトリー」のパフォーマンスは正直全く印象に残っていない。その後、休養していた子も卒業し、さらに一人が契約解除になった。

事務所のオフィシャルサイトに掲載されたリリースでは、卒業理由は濁されていた。けれど、これが原因であろうという情報はSNSで知ってしまった。多くの人がスマートフォンを手にしている現代社会では、アイドルのプライベートがSNSに流出することは、珍しいことではなくなってしまった。そういう事態に陥った時、おそらくはプライベートでは信頼していた人に裏切られ、アイドルとして表に立つ姿には「自覚がない」などの言葉を浴びせられている現実があるのだと思う。アイドルのプライベートを勝手に探って騒ぎ立てたい人がこんなにもいるのだと思うとやるせない気分になる。

 

けれど、ネットの海で目に入ってしまう、彼女たちへのキツイ言葉には憤りを感じていたのに、実際に数千円を払ってチケットを買うという行為を前にすると、急に手が止まってしまう。何もしていない5人に、勝手に裏切られた気分になっていたのかもしれない。YouTubeのコメント欄に何者かによって書き込まれた「間引きされた」と言うコメントにつく「いいね」にもムカついた。せっかく地元に来てくれるのに、今のこぶしファクトリーを見に行きたいとは思えなかった。

 

それでも結局足を運んで当日券を買ったのは、すでに参加した人々からのツアーの評判が異様なまでに良かったことと、たまたまその日の仕事が早く終わって夜公演なら開演に間に合うのがわかったからだった。

キングブレードを持参したものの、よく考えたらメンバーカラーも把握していなかったことに気づいた。握手会も行って、ハロコンモーニング娘。オープニングアクトでライブも見ているのに、自分があの日可愛いなと思った辞めた子のメンバーカラーしか覚えていなかった。周りにいるファンの人の装備から把握しようとフロアを見渡すと、たまたま隣の人が「井上」と書かれた紫色のTシャツを着ていたので、ノリで井上玲音ちゃんの紫を持つことにした。

 

結論から言うと、本当に行って良かった。地元の通い慣れたライブハウスのステージに立つ彼女たち5人の姿は、まだ名前も決まらずネット上で「浜ちゃんズ」と呼ばれていた頃よりも、デビューを控えてモーニング娘。オープニングアクトでパフォーマンスをしていた頃よりも、レコード大賞で最優秀新人賞を受賞して勢いがあると評されていた頃よりも、そしてもう思い出せないくらいに印象に残らなかった6人のパフォーマンスよりも、ハッキリと「今が最高」を体現している姿だった。もし、この日ライブハウスに向かわなければ、彼女たちが地元に来てくれなかったら、ファンの方がライブの感想をネタバレ上等でSNSに書き連ねていてくれなかったら、私はいつまでも、こぶしファクトリーに対して「地元に来ても見に行きたいと思わない」と言う評価を勝手に下したままになっていたんだと思う。

 

ハロー!プロジェクトのアイドルは、歌えない子には歌割りが与えられない。けれど、こぶしファクトリーは5人全員がしっかりと歌が上手かった。ピッチとリズムは誰一人として外さない。中盤で披露されたアカペラパフォーマンスはまさかのアップチューンの選曲で、井上玲音ちゃんの巧みなボイスパーカッションを初めて聴いて、ノリで紫を持った自分の判断に心の中でガッツポーズをした。プロフェッショナルだなと思った後のMCで急に「子供が喋っている姿」になってしまうのが、可笑しくて可愛かった。ひときわ盛り上がったコールアンドレスポンスの言葉が「ラーメン大好き!」だったのも、彼女たちとファンとの秘密の合言葉みたいだった。

 


こぶしファクトリー『明日テンキになあれ』(Magnolia Factory[Let it be a fine day tomorrow])(Promotion Edit)

もともと背中を押すような楽曲が多いグループだったけど、彼女たちの歌う応援歌にあったのは変わらずに、明るくて華やかなアイドルの力だった。チケットを買えずに立ち止まっていた私のような人に、一人でも多くに、今の彼女たちのパワーが伝わればいいなと願う。